桜と気候変動②

葉の範囲が増えてきた東京の桜。
寂しくもあるけれど、新芽や新緑がひと雨ごとに育っている。
雨上がりの潤う空気に、生き生きと呼吸する草木の気配を感じ、
立ち止まれずにはいられなかった。
思いもしなかった自然の美しさに出会うと、その魅了に圧倒され、
多くの人は無になる。
失うことなく守っていきたい場所。

サクラ前線が北日本へ進む中、気になる記事が目に留まりました。

京都の桜の昨年の満開時期が、過去およそ1200年の中で最も早かったというものです。気象台で観測している桜はソメイヨシノが中心で、比較的新しい品種ですが、日本には何千年生きるといわれるヤマザクラがあります。ここでの分析対象は、京都市南北約20キロ、東西約10キロ内に自生するヤマザクラ。1000年以上前のことをどうして遡ることができるのか。気象庁の記録は及びませんが、古い書物や文献、史料によって、植物の季節や天気に関する記録をたどることができます。「古気候」という研究分野です。

大阪公立大学の生態気象学研究グループによると、「日本後紀」の中で、812年に嵯峨天皇が京都・神泉苑で花見の宴を開いたとの記述があり、藤原道長が日記「御堂関白記」に、藤原定家が日記「明月記」に記録を残しているとのことで、これらの資料から現在のサクラの状況と比較することができます。

最新のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書第1作業部会報告書にも、数100年間の歴史的資料によると、京都の桜の満開日はここ数10年で早まっていることなど植物の生育期間に関する長期変化の傾向が示されています。

このまま気温が上がると、桜の開花時期はどうなっていくのでしょうか。

開花予想式が研究される中で浮き彫りになった課題のひとつが、温暖地では予想の精度が悪くなる傾向にあることです。この理由は、サクラの開花に必要な休眠打破が関係していると考えられています。春先の気温が高くなると開花は早くなる一方で、冬期に気温が高いと休眠打破が遅れて開花が遅くなることも分かっています。例えば2007年は暖冬で、全体的には開花が早まりましたが、九州南部などの温暖地では開花が極端に遅くなりました1。今後、地球温暖化が加速すると、全体的には開花が早くなる一方で温暖地では極端に開花が遅くなったり、開花しなくなったりする地域も出てくることが推測できますが、休眠打破と花芽が形成されるふたつの要因をどのように式に組み込むかは課題が残されています2)。生物のしくみは、計算式だけでは表現できない複雑な要素が絡み合っています。だからこそ、気づいたときには遅かった、失っていた、ということのないようにしたいのです。

サクラのような生物季節の観測を継続し、その変化を検証していくことは、尽くすことのできる一つの方法であり、気候変動が与える自然へのひとつのかたちを知る上で大事な資料であると考えます。

今日はここまで。

参考

  1. 丸岡知浩,伊藤久徳:わが国のサクラ(ソメイヨシノ)の開花に対する地球温暖化の影響,農業気象, Vol. 65, No.3, pp.283-296,2009.
  2. 青野靖之,小元敬男:チルユニットを用いた温度変換日数によるソメイヨシノの開花日の推定,農業気象, Vol.45, No.4, pp.243-249,1990.