桜と気候変動①

日本中に笑顔を届ける桜の花。
何があっても季節は廻り、桜は咲く。
周りが変化していることにも気付かず
目の前のことに必死になっている人も、
満開の桜の前では自然に足を止め、口元を緩める。
そんな風景を見るのが好き。

ソメイヨシノは一斉に咲く性質があることから、その美しさに魅了される人は多く、開花時期には集中して多くの催しが開かれます。経済効果も大きいことから、いつ開花するのか、予想への期待値はとても大きいのです。

一斉に咲く理由は、人工的に接ぎ木で繁殖している品種で、全ての木が同じ遺伝子を持つためです。条件がそろえば開花時期はほぼ同じということになります。

冬の低温の休眠打破を経て、特に春先の平均気温に大きく影響して咲くため、日々の気温を計算式に入れ込めば、だいたいの開花予想ができます。もともとの開花式は、1960年代~1990年代の観測されたデータを用いて提案された経験式です¹⁾²⁾。

近年は、この経験式を基に、様々な気象会社が独自の調査や目視観察を取り入れて開花日を予想するようになりました。桜への関心の高さが伺えます。私自身、既存の式の精度を上げてより実測に近い開花式に改められないかと考え、最新の数値を取り入れて学会で発表したことがあります³⁾。

気温に忠実に咲くソメイヨシノは、長期的な季節の変化を図る大切な指標にもなっています。気象庁では各地域の開花日と満開日について1953年以降の記録があります。人の手のかかる目視観察については減らされる方向にありますが、2022年現在は全国58地点で開花と満開の観測が続いています。経年変化を見ると、開花時期に変動はあるものの、年々早くなる傾向が見て取れます。全地域で平均すると10年で1日程度の早まりですが、地域ごとにみると、この差はより大きくなります(図1)。

図1. 気候変動監視レポート2021より(図2.7-1 気象庁)

長期的な傾向を見るのに分かりやすいのが平年値。平年より早い、遅い、などと表現しますが、そもそも平年値とは過去30年間の平均の値のことで、10年ごとに更新されます。2022年現在使われている平年値は1991年~2020年の30年平均値ですが、前平年値に比べて各地の平年開花日は沖縄地方を除いて1~6日早くなっています(図2)。

図2. 気候変動監視レポート2021より(表2.7-2 気象庁)

入学式に桜が咲く印象だったのに、最近は卒業式には満開だという感覚も、データから見てその通りであることが分かります。数℃の気温の変化は感じにくいかもしれませんが、開花時期が1週間近く早くなっているというのは大きな季節変化です。

人は洋服や冷暖房で体感温度を調整できますが、身一つで自然に生きる動植物にとって1℃の変化は大きな差。ソメイヨシノの開花を見れば、数十年で確実に気温が上がっていることが示されるのです。

気候変動問題に対して行動できない理由のひとつは、目の前で何かが変化して、危機を感じ、何とかしたい、何とかしなければ、という必死な気持ちにならないからだと思っています。ただデータを見せられて、何年後にはもっとひどい状態になると言われても、現状の生活を変えるまでして対策しようと思わない人が大半だと思います。桜の開花も、いくら早くなったとは言え、毎年きれいに咲いているのだから、それでいいじゃないか、という程度だと思います。では、桜が咲かなくなったら?日本からこの景色がなくなったら?

こんな美しい景色も、かつてはあったんだよ、と子供に、孫に、過去のこととして伝えたいですか?そんな日が来るかもしれないのです。

続編でお伝えします。今日はここまで。

参考

  1. 青野靖之,小元敬男:温度変換日数を用いたサクラの開花日の簡便推定法,農業気象, Vol.46 , No.3, pp.147-151,1990.
  2. 青野靖之, 守屋千晶:休眠解除を考慮したソメイヨシノの開花日推定モデルの一般化,農業気象, Vol.59 No. 2, pp.165-177, 2003.
  3. 井田寛子,芳村圭,沖大幹:生物季節と地球温暖化~サクラ開花への影響~,水工学論文集第63巻,2018.